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すばらしきかな 邦題「明日に向かって撃て!」 [映画]

ボリビアの山岳地帯に追い詰められた銀行強盗二人。
二人が隠れた蔵は、銃で武装した多数の警官に包囲されていた。
「次は、どこの国にゆきたい?」
オーストラリアかな」
たわいない会話の後に、銃を撃ちながら飛び出すブッチとサンダンス
警官隊の一斉射撃の音と共に画面が止まる。
そして、セピア色に変っていった。まるで、命の灯が消えたかのように・・・

ニューシネマの代表作「明日に向かって撃て!」の有名なラストシーンだ。

夕食時、何気にCATVの洋画チャンネルをつけたら、冒頭のシーンに40年ぶりに出くわし、思わず箸の手を止めて見入ってしまった。
渋谷の東急名画座で観て以来だった。

そんな名画が、私に問いかけた気がした。
「一体、誰が、こんなふさわしいタイトルを思いついたのか」と。

英語の原題は「ブッチ・キャシディとサンダンス・キッド」
邦題とは似ても似つかない。
だが、冒頭紹介したラストシーンが強烈に私も含めた観客に植え付けたイメージは、はるかに邦題に近い。

一説によると、この映画の2年前に公開されて話題となった「俺たちに明日はない!」(原題:ボニ―とクライド)から連想したのではないかと言われている。

いずれにせよ、命名した人に乾杯だ。「素敵なタイトルをありがとう」と。
私の心の中には、ポール・ニューマンとロバート・レッドフォードではなく、ブッチとサンダンスの二人の明日への銃弾が、邦題と共に永遠に生き続けるだろう。
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チェルノブイリの鎮魂 その3 [旅行]

せっかくなので、撮影した写真を載せます。
共産主義の時代の標語です。「自由のために戦え」

教室にのこされたレコード

観覧車のあった遊園地内のゴーカート

幼稚園に放置された戦車のおもちゃ

避難命令がでて、あわてて逃げたのでしょう。おもちゃも、レコードも、そのときのままだそうです


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君はエルトンジョンをみたか?~EURO2012決勝前夜 [旅行]

6月30日、ワルシャワからキエフに入った。

到着が午後だったのだが、明日は決勝のスペイン対イタリア.
ワールドカップなら3大テノールのコンサートなどがあるのだが、調べる限り、見当たらなかった。
そこで、ウクライナ国立交響楽団のシーズン最後の演奏を聴きに街中へ出張って、夜の21時ごろ、ホテルに戻ってきた。

独立広場は、エリアを制限してかなりの人手があった。若者ばかり。演奏がされていたが、聞き覚えのないものばかり。こんなんで盛り上がるのかな、とその時は不思議な気分に陥った。

遅い夜食をホテルそばのレストランで食べていたら、テレビ画面に白人の年寄りがピアノを弾いている。
彼の前には、数万人の大観衆が熱狂している。
これが、誰かがはじめわからなかった。MTVなのかなと思いながら。
ピアノが奏でる曲目で、聞き覚えのあるメロディーが出てきた「クロコダイルロック・・・」
あれ、これってもしかして。
続いて「Your song」。
もう間違いない、年取ったけどエルトン・ジョンじゃないの。ところで、どこで演奏した時のビデオだ?

英語が通じないので、レストランをでてホテルの部屋で一休みしていると、突然窓の外から”どーん”という音がした。すわ、テロかと緊張したが、19階の自室窓から見ると、ドニエプル川を挟んでキエフ市内の中央部から大きな花火が上がっていた。


ということは、これが前夜祭で、エルトン・ジョンはあそこで歌っていたんじゃない?


みなさん、気づきましたか?エルトン・ジョンに


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チェルノブイリの鎮魂 その2 [旅行]

ガイドが言った「これからレッドフォレストのそばを通る」と。
思わず「キタ―!」と叫んだ。
レッドフォレストとは、事故後にプルトニウム等高濃度の放射能が一部の森林に降り注ぎ、松の葉が緑から赤色に変ってしまった森をこう呼ぶ。
科学者の調査では、ここに生息している動物に奇形のものが誕生したり、’不思議の森’と呼ばれている。
車中にいながら、ガイガーカウンターがけたたましくなり始めた。20、30を超える数値だ。
ガイドの説明は続く、「あまりの高濃度の放射能に手の打ちようがなくて、木を伐採して土壌に埋めた」

でも、放射能の恐怖の中、誰がどうやって作業したのだろう?


2つ目のチェックポイントを通過して、われわれのツアーはいよいよ佳境に入った。
プラントから3km圏内にあるブリュバチの元、発電所関係者の居住地だ。

車の窓からは木越しに、4号機の姿が見える。

車を降りて草むらを抜けて歩くと、目に飛び込んできたのは、有名な”観覧車”だった。

さびついて動きを止めた観覧車をみていると1986年の事故発生日で時の流れが止まってしまったようだ。
驚いたのは、観覧車手前のアスファルトでガイガーカウンターが60~80シーベルトを示したことだ。俗に言う“ホットスポット”だ。通常は、苔や草に滞留する高い放射能が、ここだけはアスファルトから検出された。


車は、最後のポイント、プラントの跡地に向かった。
1号機から4号機までが一望のもとに見れる敷地だ。
4号機から300mくらいの距離でガイガーカウンターの数字は0.18。つまり、東京の新宿あたりと同じ数値だ。
やはり、石棺の効果がでているのだろうか?
鎮魂の碑が4号機と重なっている。

横の広場で4号機の新しいカバーを建設中だったが、軍事機密に当たるということで写真撮影は禁止された。

続いて、近くの川でキャットフィッシュに餌をやって、昼食を取って、帰路についた。

帰りのチェックポイントや食堂では、放射能測定装置があって、点検が義務付けらていた。


1986年4月26日未明の事故発生、30km以内の住民の避難勧告は28日、30km以遠の住民に至っては避難勧告されず。
ガイドによれば、「事故直後プラントからあがる青白い炎を川にかかる橋の上から見物していた複数の住民がいた」とのこと。ちなみに、青白いとはプルトニウムのことだ。
結果、近隣住民は高濃度の放射能を浴びてしまった。
当時の政府が事態を隠ぺいしたためだ。
事故による死者は公式には、消防士など33名だが、
実際に放射線障害で後日死亡した者も含めれば数万人に上るといわれている。
また、石棺が完成するまでに動員された五千人の労働者も含めて、多量の放射能の危険性を指摘されなかったために被爆者が増えてしまった。
そして、避難地域の住民は26年たった今も帰還できずにいる。

ガイドに質問した、「当初、事情を知っていれば労働者たちは作業を断れただろうか?」と。
帰ってきた答は、「断れば家族ともども収容所に入れるぞ、と脅かされたはずだ」



チェルノブイリの悲哀・鎮魂を見聞きしたことで、日本の福島の現状が重なってしまい、帰りの車の中で,
上下に揺さぶられながら、真っ青な空とは対象的に、心の中は真っ黒な雨雲に覆われてしまった。

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チェルノブイリの鎮魂 その1 [旅行]

EURO2012観戦の合間に、キエフから130kmにあるチェルノブイリ原発跡地と周囲を訪問した。
個人では参加できない地域のため。googleってTour2chernobylという会社主催のキエフからの英語日帰りツアーに参加した、朝9時に出て、3時間の観光後、17時に戻ってくる内容でUS$199というもの。
参加のためには11営業日前までに旅行会社経由ウクライナ政府の許可が必要なので事前申し込みが必須となる。

キエフ市内から舗装された道路を通るのだが、これが日本と違って凸凹のアスファルト。しかも、4WDのバンが時速100km超で飛ばすから、片道2時間は、まるでジェットコースターに乗ったような感じであった。
おまけに、少しでも遅い車が前にいると2車線なのに追い越しをかける。その速度たるや、150kmは出ていた。
ここまで来て、放射能にやられて死んだといわれるなら家族・友人一同嘆いてくれるだろうが、自動車事故で帰らぬ人になったではなぁと思わず、ぼやいてしまった。

まずはプラントから30km地点の第一検問所で、申請通りの参加者かのパスポートチェックを受けた。
われわれは、米国人、豪州人、英国人、私の4人の乗客に、女性ガイドと運転手の6人であった。


2か所目のチェックポイント通過後、建物内でガイドが事故の概要等をレクチャーした後、免責事項の書面にサインをさせられた。参加者に緊張が走った瞬間だ。

いよいよ原発事故後に住民が退去して、廃墟と化した村を徒歩で見て回ることになった。
ちょうど、消防士の奮闘するレクイエムがあった。ここには、住居や学校、商店があったらしい。


ガイドから注意があった。「道にある苔を踏むな、放射線の濃度が高いから」と。

参加者一同、雑草で荒れ放題の道で濃緑色の苔を避けながら進んだ。
ガイドの持つガイガーカウンターが時々ピーピーと不気味な音を鳴らす。


都市伝説に登場しそうな廃墟の学校の教室には、机上に放置された教科書、レコード、戦車やくまの人形、ガスマスク、旧ソ連時代の共産主義を讃える標語などが散乱していた。
ガイドによれば、当時の中学校では軍事の授業があり、そこで銃の撃ち方や負傷した際の応急手当の方法を教えており、その一環でガスマスク使用したらしいとのことだった。



以下 その2へ続く

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アウシュビッツで今 思うこと [旅行]

EURO2012観戦の合間を縫って、ワルシャワからの日帰りでアウシュビッツに行ってきた。
正確には、アウシュビッツ元収容所とビルケナウ元収容所である。

これらが、第二次大戦中にナチス・ドイツによる強制収容所で、ユダヤ人1.1百万人、ポーランド人20万人、ソ連およびドイツの政治犯とジプシー20万人の大虐殺のあった場所であることはご存じの方も多いと思う。

夏の青空と入道雲、緑の草にところどころに咲く花と聞こえるのは鳥の囀る声のみ。
目をつぶると、ここで大虐殺があったなどと想像できないほどの静けさであった。

第二次大戦中、ユダヤ人たちは貨物列車で何昼夜もかけて収容所に連行され、入所時点で老人など労働に適さない者を選別し、ガス室に送り込んだ。全体の7割に当たる。
残った3割の人々も1日16時間にも及ぶ強制労働と粗末な食事、伝染病の蔓延する不衛生な環境が待っていた。 ある者は病死し、ある者は働けなくなった末にガス室送りになり、看守に逆らう者・脱走を企てる者は銃殺された。そうして失われた人命は5年間で1.5百万人にも達した。 ガイドの案内で目にした展示物には、二万足もの持ち主のいなくなった子供用の靴、大量の女性の毛髪とそれで造られた布製品、銃殺刑に使用されたコンクリートの壁、移動式絞首刑台、遺体を焼却した灰で埋まった池等々、目をそむけたくなる現実ばかりだった。
人間が他の人間に、ここまで惨い仕打ちをできるものだろうか。 施設内を回るうちに涙が溢れそうになった。 ニュースでは小さくしか扱われなかったが、実は、EURO2012開幕前に当地を追悼に訪れた代表チームがあった。イタリアイングランド、オランダに加えて、何とドイツ代表がその中に含まれていた。 マネージャーのビアホフ、監督のレーブ、クローゼ、ポドルスキー等だ。 これが日本代表だったらと想像してしまった。 仮に、代表が中国の南京で試合を行った際に、南京事件記念館を追悼訪問したら、周囲の反応はどうなるか。 中国側からは「日本政府は正式に謝罪し、賠償金を支払え」となるだろうし、日本国内では、政治家はじめ右寄りの方々が「歴史的に事実認定さえされていない南京大虐殺の記念館を訪問するなど彼らは非国民か」と非難ごうごうとなるだろう。 レーブ監督たちは皆戦後生まれなので、史実に目を瞑ることもできたはずだ。 また、当然ネオナチら右翼勢力が訪問には強力に反対していただろう。 だが、彼らは当地を訪問した。 実に勇気ある行為だったと思うし、これが国を代表している者の責務なのだと感じた。 ドイツの戦後は終わったが、日本の戦後は果たして・・・
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Glee 3が始まった [海外ドラマ]

 Season1のフィナーレでジョナサン・グロウのボヘミアン・ラプソディに感動して、Season2のフィナーレでニューディレクションズのオリジナル曲に失望させられたGlee。
待望のSeason 3が始まった。

実は、Season 2と3の間に、新たな候補者を募るGlee Projectが放映されていたので、そこから選ばれた新キャストの登場も期待をしていた。

結果、期待を裏切らないエピソード1だった。
ダレン・クリスの歌うトム・ジョーンズのI am not unusual.なんて最高。おそらく、ダレンは全盛期のトム・ジョーンズなんて知らないと思うが、おじさん世代から見れば、立派に歌いきっていた。しかも、物まねではなく、自分の歌として歌いきっているところがすごい。彼は背も高くないし、マッチョでもないが、歌う時の表情や体の使い方で魅せる役者だ。すでに、TVシリーズ「ヒューマンターゲット」にもゲスト出演している将来を嘱望された役者だ。

そして、Glee Projectで上位4人に残り、2話だけ出演できることになったシンディーがトップを切って登場。
曲は、何とコール・ポーターの「Anything Goes」


レイチェルとカートの前でNY演劇学校の先輩としてみせつける歌とダンス。
この曲は、インディ・ジョーンズ魔宮の伝説の冒頭にも使われた1960年代の有名なミュージカルの曲だ。

シンディーのこれでもかという自我の強さが実によくでていた。

さすが、ライアン・マーフィー。演出の肝をよく抑えていること。

思えば、Gleeにでてきた脇役は実に芸達者な人が多く、その実力に驚かされる。

レイチェルの母役のシェルビー、圧倒的な声量の美声。
Cローの「Forget you」をこともなげに歌いきってしまうアカデミー主演女優のグイネス・パルトロー等等。

ここに、今回シンディーという新たなキャストを見出して、Gleeの視界は良好とみた。


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求む!アクションの出来る邦人女優 [海外ドラマ]

 最近AXNで始まった「NIKITA」を観ながら思った。
なぜ、日本には、アクションのできる女優が育たないのか?
思えば、その条件に合う女優を観たのは、千葉真一率いるJACにいた志穂美 悦子(現 長淵 剛夫人)が最後だ。

外タレのアクションは、スタントダブルといって吹き替えがやっているとの話も聞くが、バイオハザードのミラ・ジョボビッチの二の腕の筋肉やNIKITAのマギーQによる切れのある動きやをみるにつけ、それだけではないなと思う。


多分、半分くらいのアクションは自らやっているのだろう。
ちなみに、マギーQはジャッキー・チェンの弟子で、アクションはすべて自分がやっているのだという。


この答えは簡単だろう。
いつのころからか、TV局がドラマ制作の予算をケチり始めたのと、月9に代表される、若者向け恋愛ドラマを歌手や演技もろくにできない歌手やモデル出身の女優を起用し始めたからだ。

アクションものは、予算がかかるし、東京都内での撮影など許可がおりない。
であれば、お手軽路線で、というのは自然な流れか。

先般、「KG」という映画が不入りのまま終了したが、主演の武田梨奈(?)が本格的な空手を使ってノースタントで演技したといわれていた。こういう心意気のある女優がもっと欲しいな。
AKB48から出てきてもいいけどな(笑)

これじゃ、日本発のアクション女優など育つはずもないか・・・

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Jersey Boys っていいミュージカルだなあ [海外ドラマ]

 ロンドン出張した折に、ミュージカルを観ようと思って検索。当初は、映画でもよかった「Sister Act」にしたかったが、ロンドン公演は終了していた。そこで、音楽中心に楽しめるものを探してみつけたのが、Jersey Boys。

知る人ぞ知る、今高齢者中心にバカ受けのミュージカル。簡単にいうと、1960年代に活躍したフランキー・バリとフォーシーズンズというグループの発足から解散までをミュージカルにしたものだ。

フランキー・バリはもともとイタリアアメリカ人で、同じニュージャージー州出身のフランク・シナトラにあこがれて、音楽を始めた。

友人のボブやニック、トミーを募って、Sherryでデビュー。これがミリオンの大ヒット。

Prince Edwards Theaterは、木曜日の夜にも拘わらず、ほぼ満員の盛況。

劇場前部には、どうみても70歳くらいの高齢者が陣取り、後ろには大学生風の集団がいた。

Ryan Molloyという役者がフランキー・バリを演じるのだが、裏声で1オクターブ高く歌うところなど本家真っ青の歌いっぷり。

What like a manで見せるボブことMatthew Wycliffの声量の大きさに驚き、Bye Bye Babyでは、これってフォーシーズンズの持ち歌だったのだと知った。(筆者は、Bay City Rollersとばっかり思っていた)

他には、君の瞳に恋してる、Big Girl don't cry,Who loves youなどなど。

60年代の曲は、メロディーが重視されていて、非常に聴きやすいし、耳に残る。冒頭でヒップホップの曲でフォーシーズンズの曲が紹介されたが、わざと原曲と対比させたかったのだろう。観客もオリジナルの曲になった途端、ノリノリになった。

このミュージカルは最近の上演かと思ったら、NYや豪州でも上演されていて、2006年にはトニー賞を2007年にはグラミー賞も受賞しているロングラン上演のものだ。

最近のミュージカルは、クイーンのWe will rock youやABBAのマンマ・ミアなど、観客と舞台が一体となって乗れるものが増えてきた印象がある。

Jersey Boys早く日本に来ないかな。

 


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帰ってきたドラマ 味いちもんめ [ドラマ]

 1/8の夜に放映された「味いちもんめ」。

smapの中居君主演で、最後に観たのが12年前。これと同じく中居くんの「なにわ金融道」が我が家の2大定番正月番組であった。

今日このごろは、原作はマンガ、主演はジャリタレで、撮影も手間費用かけず近場で、が主流。味一もSMAPの中居君が主演で原作もマンガだけど、ひさびさの、味一復活で期待していた通り、他とは出来が違っていた!

まず、脚本がうまい。関西の有名料亭「吉兆」の実話をベースに、閉店危機に追い込まれた料亭を伊橋が皆の協力を得て救うストーリー。日本人の助け合う心、人情が刷り込まれていた。

そして、親方の小林ネンジ、京都の家人の橋爪功、料亭の女将の高畑淳子らの芸達者な脇役がもりたてる、もりたてる。さらに驚いたのは、若いのに実にうまい演技を見せていた貫地谷しほり。

料亭最後の日の仕込みに緊張感で手が震える伊橋に、熊野親方が一言「おまえは俺の弟子だろ」という下り。料理がすべて終わった後の橋爪功の、墨に似せたお菓子の話になる頃には、涙がとまらなかった。

 主演の中居君に一言いわせてもらえれば、「以前の伊橋は困難に挑戦するときに殺気を帯びたような目をしていたけど、今回は土下座を2回もする割には、眼力を感じられなかった。そこが心残りです」

それを差し引いても、おつりがくるぐらい。今年は正月早々、いいものを見せておらった。

また、来年も帰ってこい、伊橋!


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